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批評をかくために03

2009年01月09日 19:13

福田和也がその著作「甘美な人生」で柄谷行人についてこう言及している。
「柄谷氏の批評には『なぜ』という問いが欠けている。
といっても、この欠如をそのまま直接、柄谷氏への批判に結びつけることはできない。」
なぜなら「なぜ」という「問い」とその答えは、物事の超越性へとつながり、
氏の批評は超越的な物事の否定から出発しているからだ。

「解答は制度が与えるのに、彼はまるでそれを拒むところから問う」(文学について 柄谷行人)

まったく正しい。と思える。
のになぜか、このポイントが喉の奥をすっと下方に降りていかない。
恐らくは芸術に対する姿勢としての現在の自分の考えと上記の考えの間に差があり、尚且つ、決定的に間違っているのは自分の方であって、いち早く修正しなくてはならない気がしているからだ。
しかし、それが何かがわからない。

私の何が間違っているのか?
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