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ZAIMの画像

2008年10月19日 05:10

IMG_3072a.jpg
IMG_3077a.jpg
ZAIMの地下はやばい
変なもんが写るといやだから極力写真を撮りませんでした。

何か顔的なものを見つけても、指摘しないようにお願いします。

この廃墟然とした空間に、京都、大阪、神戸の作家・パフォーマーが
どう挑むのかは、実に興味深くありました。
結局、個人的には展示写真を撮らなかったので
お見せできないのが残念ですが
まあ、みんなチャレンジしてましたね。
横浜近辺の展示の中でも、かなり挑戦的な部類だったのではないでしょうか。

そもそも、企画が企画ですからね。
太陽の下、横浜トリエンナーレというメインストリームが流れている脇の
薄暗い地下で、関西から乗り込んだ人々が何を見せれるか
どんなインパクトを残せるか。

3日間という短い展示でしたが
山下公園でのゲリラパフォーマンスがあり
ZAIM地下での熱狂的ライブがあり
まさにやりにげ!

このような、作家の思惑がそれぞれだとしても
集団で何かを力任せにやってしまうというのは、変な魅力を感じましたね
問題点も多々ありましたが
お手伝いさせてもらって良かったと思います。

そしてこの展示が、形を変え
京都にある、地下ギャラリー
超能力/CPGへと続くわけです。

こちらはZAIMに比べると、場の力は劣りますからね
展示や作品の精度に関しては
かなり気にしています。
横浜の時とは、違う雰囲気で作品が見られるのでしょう。
どちらが良いとか、悪いとかではないのだけれど
超能力/CPGという場を預かるものとして、ZAIMには負けたくないですからね。

11月1日(土)まで展示しているので、見に来て下さい。
でわでわ

IMG_3089a.jpg中華街の変な壁

児玉真人個展 の画像。

2008年10月19日 04:46

IMG_3054a.jpg
「 イヤフォンオウムガイ 」
児玉真人

今更の話しですが
CPGのオープニングにあわせた
彼の個展はとても良かったんです。

作品のそぎ落とし方もそうですが
空間の使い方が素晴らしい。

壁が白くなり、床が剥ぎ取られ、ペンキで塗られ
そのまさに地下の重苦しい空間に、作品によって緊張感を与える。
ギャラリーを運営する側としても大いに学ぶべきところがありました。

写真の作品は、オウムガイシリーズの1作品。「 イヤフォンオウムガイ 」
オウムガイのスピーカーからは、断続的なモールス信号とホワイトノイズ。
届くことの無い深海からのメッセージを静かにささやいているのです。

実はこれ、現在開催中の展覧会
canarian partyにおいても展示しておりますので
是非体験しに来て下さい。
胸騒ぎのする良い作品です。

(CPG代表 櫻岡)

横トリ感想

2008年10月16日 04:44

さんけいえんは行くべし。
ティムセーガルでちょっと泣いた。
ただ、内藤礼はメンテナンスの場合があるから気をつけて
(僕は見れなくて、怒りで咆哮した。)

他会場は、時間とお金があって、忍耐強い人なら可。
記録映像多すぎ。
オノヨーコの観客が服切るやつ(カッティングピース?)とか
マシューバーニーのパフォーマンスの記録とか
その他もろもろ
映像を見る環境じゃない。
チェルフィッチュ、そのうちちゃんと見たい。

写真撮影可は嬉しい。

ちなみに
横トリとBANKARTとの共同チケットを2100円で買える。
BANKART良かった。牛島さんという方はほとんど良かった。
ヤノベさんのスタンダと、今村源さんのまわるイス良かった。

森美、アネットメサジュ、凄く良かった。
オペラシティのトレースエレメンツの超能力っぽい写真が
良かった。他も半分ぐらい良かった。

無人島プロダクションのチンポム、微妙。
ナディフアパート全滅。(西尾さんが、なんで平面なのか?残念。)

ついでに、帰ってから見た
ニュートロン林勇気さん、良かった。
ボイス微妙(嵯峨美の人達、ちょっと気になる)。
同時代、なし。

CANARIAN PARTY

2008年10月16日 04:20

展覧会に追われています。
はやく、追い越したいのですが
努力と能力の不足で、如何ともしがたい。

今も今まで、作家数名と展示の最終調整をしていました。
センサーがどうだとか、ライティングが、値段が、
そうしているまにも、あーあれ壊れたとか。

しかし、時間と手間と知恵を使えば使うほど
やはり展示はよくなるもので、来ていただいた方には必ずや
何か価値のあるものを見せれるだろう、というところまで来ました。

本当に作家の皆さんのおかげです。
あとは、作品を買ってもらうのが僕の仕事、
ギャラリストにとって一番重要な仕事です。
どうやって、その作品の価値を、観客に伝えることが出来るのか
難しいが、やりがいのある仕事だと思います。

そのためには、空間から僕の存在感から
気持ちから、全てをある軸の中心にそって作っていかなくては駄目なのです。
要は信頼感。
さあ、明日から展覧会が始まります。
僕にとってのショーの幕があがるわけです。
気を引き締めていきまっしょい。

ギャラリーを見慣れた方も、そうでない方も
ご高覧いただけましたら幸いです。

それでは会場で。

超能力/CPG 代表 櫻岡聡

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
CANARIAN PARTY
2008.10.16(木)-11.1(土)
13:00-20:00


ARRTIST
池田慎
Yi Minyoung
岡本和喜
尾崎裕太
児玉真人
権基英
W・マナ
辻田麦
友井隆之
福岡舞子
水垣尚

井須圭太郎
ニイユミコ
袋坂ヤスオ
Yangjah

関西の若き俊英たちが模索する
ここにしかない表現とは一体何か。
暗闇深く、時代の風に反応するカナリヤは
この世界に何を見るのか。

ZAIM(横浜)で好評をはくした展示を
再構成し、超能力/CPG(京都)で特別開催いたします。
是非ご期待ください。

オープニング/パフォーマンスパーティ
2008.10.18(土)
19:00-


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

児玉真人個展に寄せて。後半

2008年10月04日 13:09

本展覧会”atmosphere”はそのタイトルどおり、大気、環境、空気をテーマにしている。
そして、それは同時に「クウキ」という意味も含んでいる。
「空気」とは、現代で言うKY(クウキが読めない)の「クウキ」でもあるのだ。

「クウキ」は常にそこに存在している。
atmosphereという作品の間を歩いてみて欲しい。体の周りにまとわりつく何かを感じるだろう。
普段は感じていない、大気、空気そして、「クウキ」の抵抗を視覚的に(そして芸術的に)表した良い作品だ。
しかし、作品の意味するところはそれだけではない。
空気「クウキ」は上述したように、我々の外側だけではなく、内側にも存在する。
物質的に言うと、酸素と二酸化炭素の交換が日常的に行われ、その酸素が血中を流れることによって
人間の機能が正常に行われる、という上述したような例がある。
また、「クウキ」いわゆるムード(日本社会で重要視されるそれ)はその場、外的に存在するだけではなく
それをよむことにより、自らの中に発生する。内的な問題としてとらえられる。
いわゆる自主規制というやつだ。
いまや、小学生が当たり前につかうKYとは、日本社会において
いかにそのクウキの(外的圧力が転じてもたらされる)内的圧力が高いかを証明している。
「内側と外側」の裏返りの意味はここに見られる。
「クウキ」は常にそこに存在しているのだ。

そしてもうひとつ、彼の作品に特徴的な「クウキ」として、閉塞感があげられる。
プロペラのついたオウムガイは、空気を撹拌しながら前進し、
半径30CMの同心円状を半永久的に回転し続ける。
イヤフォンを埋め込まれたオウムガイは、空気を振動させ、
深海からのモールス信号を聞く当ての無い誰かに向け、発信し続ける。
(ちなみに、イヤフォンオウムガイからは「サ・ン・ソ(酸素)」という言葉が、
空中に向け投げかけられているそうだ。
深海の底、オウムガイは、一体何を欲しているのだろうか。)
進むことの無い回転運動、届くことの無いモールス信号。
先へ進むにつれ閉じていくオウムガイの殻のような、ひどく不毛で、自閉的な表現ではあるが
彼の作品に、現代の「クウキ」に特徴的な閉塞感を感じずにはいられない。

彼は言う。
「オウムガイの渦巻きが、最近は、外に向かって開かれているように感じるんです」
窓の外、琵琶湖まで続く厚い黒雲からは、今にも雨が落ちてきそうだった。

現代の閉塞感の中で、彼は表現することを選んだ。
回転運動は半永久的に続き、モールス信号はなり続ける。
「クウキ」はそこに存在すると同時に、我々の内側にも存在する。
洞窟にうつる真実の影のように、細胞の影がそこにはある。
境界はなく、全ては続いている。
生きることが、死にゆくことだとしても
それでも、価値はある。美しいものはある。
深く、暗い、深海の底、厚く冷たい雲の向こう。児玉真人の思索は始まったばかりだ。
探しているのは光ではない。多分そうだろう。
現状を打破する何かではなく。それを愛する為の何かだ。
外に向かっていく渦巻きのような逆転。恐らく、それは、閉塞感の中にある。
彼の今後の活動に、強く期待したい。

琵琶湖を離れ、もう既に台風らしき勢いで雨が降り始めていた。
錆びた軽トラックの荷台では、作品が軋んだ音を立てている。
規則的に往復し続けるワイパーは、フロントガラスを流れる雨の粒を左右に払いのける。
全てはいつまでも続くかのようだった。

2008.10.3
CPG/超能力代表 櫻岡聡

児玉真人個展に寄せて。前半

2008年10月04日 13:08

ちょっと長いですが
興味のある方は読んでみてください。

現在、CPG/超能力で個展をしている
児玉真人個展の紹介文です。

:::::::::::::::::::::::::::::::::::::
「児玉真人」
プロフィール
滋賀県出身。京都在住

児玉真人とともに、錆びた軽トラックで琵琶湖沿岸をなぞるように走り、
彼の実家の倉庫から作品を引き出しに行った帰り道の風景。
確か台風の前日だった。
話の途切れた瞬間、運転席からふと見た空には暗く厚い雲が覆いかぶさり、湖面まで続いている。
展覧会の設営を手伝いながら、僕はそんな風景を思い出していた。

作品の話しをする時、「内側と外側が裏返る」と彼はよく口にする。
これは比喩的な表現として、2つの意味がある。
まず、物質的な意味。
位相幾何学的に(あるいは生物学的でもいいのだけれど)
人間を単純化して考えると、人間は一本の管(消化管)であると言える。
食べたものが口から入り、肛門から出る、ただそれだけ。
その場合、内側であると思われていた体の内部が、外側から一続きでなぞれてしまう。
また、人間と言う有機体はC,H,N,Oなどの元素で構成されていて、
それらは、僕らが普段口にする食べ物(御飯や肉や野菜)、あるいは空気などと大差ない。
我々がこの体を存在させる為には、体を構成している元素と、それ以外の元素との
日常的な交換が行われるからだ。
少しずつではあるが、内側と外側は入れ替わっている。
物質的な意味で、普段我々が考えているよりも、内と外の区別は曖昧なのだ。
彼の以前の作品ほどにイメージは強くは無いのだが、
本展覧会でもその思想の断片は顕在する。
例えば、細胞の影が壁に投影される「外界ヲ受容スル」は言わずもがなとして、
空間を仕切るように吊るされた細胞膜"atmosphere"にも、
内と外が裏返る感覚が刻まれているのがわかるだろう。

次に、認識的な意味。
彼は作品の素材として錆びを用いる場合がある。
錆びは金属が酸化して出来る物体の総称だが、
これはとても表面を意識させる素材だ。
そして、錆びを代表とする物質のもたらす表面性を、我々が強く意識した時、
同時に我々は、内部のことを思わずにはいられない。
誰かが目の前で泣いていて、その顔を目にする時、その誰かの内面を意識してしまうのと同様
錆びた表面は、普段は意識の向かない内面を、外面と同時に、
そして瞬時に浮かび上がらせる。
ここに裏返りがおきる。
本展覧会のテーマ、atmosphere(クウキ)も同様である。
普段は、我々人間の周りにそれがあることは意識されていない。
しかし、それが空気抵抗を視覚的にした"atmosphere"や、
空気を押して進むプロペラオウムガイ、または空気の振動によって音を伝える
イヤフォンオウムガイのような作品によって意識される時
その意識は跳ね返り、大気、空気に包まれている自分自身に思いがいたる。
環境が人間を取り込み、外面と内面が裏返り、客体と主体は入り乱れる。
物がそこにあるのと同時に、それを認識する自分がいる。
それはとても小さな発見であるように見えるのだが、(だからこそ)重要な意味を持つことになる。

さて、ここまで書いてきた「内側と外側」が裏返ること、あるいは曖昧になることは
現代社会においてどのような問題をはらむのだろうか。
そして、彼の作品における問題意識のハードコアは一体何なのだろうか。

文明開化

2008年10月03日 16:50

ネットが復帰しました。
ざんぎり頭を叩いてみれば、です。

これで、仕事が進まない言い訳がなくなり
少しだけ、もったいない感じです。
バーバリアンはやはり魅力でしょう。

とりあえず、皆様には、ネット復帰しましたよ
のお知らせだけ。

(櫻岡)

おまけ
わかる人はわかるブログ↓
http://ameblo.jp/bakarhythm/

公的・私的

2008年09月27日 09:21

ブログには公的な話題
ミクシィには私的な話題と書き分けるつもりだったのだが
最近はどっちにも同じことを書いている。

つまり、公的も私的も僕にはないということ
これは良くない。
ジャージにキティちゃんサンダルのまま国会の答弁に立つみたいなものだ。
ほりえもんを馬鹿にはできない。
村上隆が、日本に帰ったら、ちゃんとした服着て人に会うって言ってた
アメリカ人は外見を気にせず、その仕事を見てくれるって
それにしてはハーフカーゴパンツ率高いよね。
変なひげだよね。

今日27日(日)は児玉真人個展とCPG:canary production galleryの
オープニングパーティをする。
きちんとやりたい。変なスーツしかないし、ネクタイも、革靴もないけど。
というか、きちんとってなんだ
コマーシャルギャラリーっぽさとはなんだ。
多分、重要なのは信頼度、でしょう。
コマーシャルが成立するためには、作品が良いだけでは足りない。
ファミマで売っているコンドームと、デパートで売っているコンドームは
安心感が違うのだ。ほんとは大差ないかもしれないけどね。

作家が安心して制作にうちこめる、お客が安心して作品を買うことが出来る
もしくは見に来ることが出来る。信頼度。
27歳という年齢はまだ若すぎるし、オープンしたてで信頼度もくそもないけど
努力が必要だ。出来ることから。
ただ、性格がオープンであるのは良いことだと思う。
手の内をさらけ出すということ。よく、もっとずるくなるべきだと言われるが
ずるくなるためには、今の段階では、自分の武器を殺してしまうと思う。
わかることとわからないことをはっきりさせ、わからない部分は他人に頼る。
いま、信頼を得るためにはそれしかない。

あと、仕事を与えられたら、期待以上のものあるいはスピードでやること。
あくまでも理想だし、仕事のないように優先順位があるけどね。

ここまで書いてきて、さらけ出すことが自分の武器であるなら
公的も私的もないのが悪いとは言えなくなってきました。まあどちらでも良いでしょう。
とにかく、大事なことはちゃんとやり、大事じゃないことは適当にやりましょう。

ここまで読んだ皆さん。
時間を返せ!という気持ちは、もっと偉い人か、環境保護団体にぶつけましょう。
それでは
今夜の、オープニングパーティで。

(一流)ギャラリスト 櫻岡

mixiと一緒

2008年09月27日 08:25

最近見た展示の話。
ギャラリー16でやっていた大崎のぶゆきさんの
展示、すごいよかった。見るべき。
アートスペース虹も良かった。
日本人じゃないみたいな作品。
芸術センターの高木正勝とソフトパッドは、あんまり。
映像の周りにある布はどうにかならんのか。

エルマガの今月号を読んで思った。
アートにはスキャンダルがない。
誰かが言っていた「最近のアートには事件がない」じゃないけど
アートのトップが、なんやったかな
児玉画廊が京都に移転!やったかな、あと高木正勝インタビュー
よっぽど、映画や音楽や演劇の記事のほうが
面白い気がしたなぁ。
なんでやろ。
いつか、アートゴシップ雑誌つくりたいな
くだらない、ブラピの子供の顔、ついにスクープみたいなやつ。

関係ないけど、堀川丸太町でさわやかななぞを提供していた
チャーミングチャーハンのおやじさんが来た。
天然でその名前だと思っていたのに
本人はギャグだと言っていた。悲しかった。
おやすみなさい。

展示の楽しみ方

2008年09月26日 17:44


児玉真人個展に

"atmosphere"という
シリコンで出来た膜の作品がある。

それがとても良い。

5枚の膜がギャラリー中腹にぶら下がっていて
その間を人が通れるようになっているのだが
通ってみると、感じるものがあるのだ。

それを言葉で限定するような野暮なことはしないが
まあ、通ってみればわかる。

彼の作品は
有機体、たとえば人間とか生物全般を抽象化(本質化)
していくことから見えるものを扱うことが多い。
「人間は一本の消化管だ」的な、位相幾何学的な考察
や、C、H、O、Nなどの無機物が立体的に構成されることによって
有機物が構成される(しかし、その仕組みに関してはなぞが多い)
分子生物学などの学問に含まれる場合もある。

ただ、それが作品となりうるのは
問題提起がそこにあるからだろう。

彼自身が明確に答えを設定している部分は
あくまでも学問になってしまう。それはつまらない。
しかし、彼自身が、正解にたどりつきたく、ある特殊な問題として
その謎と向かい合う場合、作品には
発表するだけの意味が出てくる。

5枚の膜は、作品になりえている、そう思う。
物質がいかにして生命たりえるか
100年たっても謎は尽きないが
その謎を楽しむ機会を、彼は、我々に与え続けてくれるだろう。

興味のある方は、CPGへ

*ミクシィで情報を書くことが多くなってきたので、よろしければそちらもどうぞ

CPG/超能力のコミュ
http://mixi.jp/view_community.pl?id=3230099



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